4、スーツとIchiro Suzukiの将来
「最もお客さんに伝えたいのは、全ては究極のスーツへのジャーニーだということです」
—今後のプランや目標などを教えてもらえますか?
先ほどもお話しした通り、一番の目標は需要をつくるということなので、一番の目標が叶うのは、街で僕のつくった服を着ている人を見て、あ、僕のだと気付いたときですかね。
—それは勿論、自分のレーベルを立ち上げてということですよね。先ほど、昔は自分のテーラーを持ちたいと思っていたとおっしゃってましたが、今は自分のコレクションレーベルをするほうにより興味があるということですか?
僕はどん欲なので、両方やりたいんですよ。テーラーを構えて、オーダー服の良さを伝えたいですし、もっとモードなコレクションをパリでバイヤーなどを招いてキャットウォークのショーもできればと思います。
ただそうなると、コレクションにかかり切りになってしまうと思うので、テーラーの実務もやっていくのは難しいかもしれませんが、、、でも自分の名を冠したテーラーも持ちたいですね。
—それは先ほどもおっしゃっていたように、海外ではなく日本でということになりますか?
そうですね、やはり海外では難しいと思いますし、私は日本人ですので日本のメンズウェア事情を変えたいという思いももちろんあります。僕はそれをポジティブに捉えていて、ここロンドンで無理して残って活動をしている人で、大成している人を僕はあまり知らないんですね。
日本人デザイナーでロンドンに残っても、なかなか抜け出すの難しいのかなと思います。成功しているのは、ロンドンの一線で20年近く活躍されているイーリーキシモトぐらいなのではないでしょうか。その方はイギリス人の方がパートナーで長い間こちらにいられるということもありますが、すごくクリエイティブだと思いますし、知り合いがインターンしていましたがすごく素敵な方のようです。他はあまり僕は聞かないんですよね。もちろんブランドを維持するだけでも相当な努力と実績が必要になるとは思います。大成とは何を指すかにもよりますし、日本に帰れば逆にそれはもっと難しくなるかもしれませんが、ロンドンに残って国際的な活躍をされている人はあまりいないと僕は思います。
—卒業した時、卒業ショーのときは様々なメディアの注目も浴びるとは思うのですが、それからデザイナーとして自分のレーベルをやっていけるのかということですよね。
日本人の方で卒業コレクションで大きなショーを穫られた方でも、数年後にはもうウェブサイトも更新されてなかったり、、、ということもあったので、どれだけ自分のレーベルをやっていくのが難しいかということは感じています。ほんとに、創造力と運とタイミングを兼ね備えていないと。
ただ、日本に帰るとなると、こっち、西洋との繋がりを一度断ち切らないといけないので、それはちょっと怖いですし、周りの方にも忠告されます。ITSが終わってから、i-DやDazed & Confused、Vogueなどでも取り上げていただきましたが、日本でやっていたら、海外のメディアから取り上げられる事は少ないと思うんです。そこが日本でやって行く上での悩みです。
他にも、こっちのファッションメゾンで経験を積むという手段もありますが、僕は今までファッションメゾンのデザインチームで働いたことがないので、やっていけるのかという不安はあります。チャレンジはしたい性格なので、飛び込みたいという気持ちはあるのですが、もう歳も歳ですし、最短の道で自分の目標を実現したいと思っているので、悩みますね。でも、無理して前倒しで自分のレーベルをしても、うまくいかないと思いますし、、、
自分のレーベルをやるとしたら、僕はチームでやりたいと思っているんです。僕自身、できないパターンもありますし、全て自分でできる訳ではないので、各分野で卓越した人を集めることができればなと。そういう同志を集めるのが日本に帰るならまずしたいことですね。そのためにも、日本のメディアにもできる限り出たいと思っています。
—近い将来は、まだわからない、悩んでいらっしゃるということですね。
そうですね。今はまだ全くわからないです。ここロンドンのヘンリー・プールに残るか、海外パリやミラノのファッションハウスに行くか、日本に帰って自分のブランドをやっていくのか。選択肢はその3つなのですが、どうなるかわかりませんね。
—何か決まっているニュースなどはないですか?
今年の4月頃に伊勢丹の「10テイラー&10マイスター」という、革製品やハンガーやいろいろな分野のプロの方を集めて展示する企画に呼んでいただいて、その時にオーダーもとらせていただいて、こっちに持って帰って来てパターンを切ってフィッティング用に日本に持って行って、8月にフィッティングしました。
また、メイドトゥメジャーの半既成のスーツは、9月から伊勢丹で販売する事が決まっています。「Tailors Gate」というタイトルで、テーラードの服の魅力を日本のお客様に知ってもらいたい、また新しいテーラーをバックアップしたいというコンセプトのプロジェクトです。新宿の伊勢丹メンズ館のみで取り扱っています。
—それには鈴木さんの名前も出ているのですか?
そうです、「Tailors Gate by Ichiro Suzuki」です。自分の名前を冠して売る、初めての商品になります。
—価格帯はどれくらいですか?
10万円前後の手軽な値段からになると思います。
—この伊勢丹とのプロジェクトは継続したものなのですか?
そうですね、できる限り続けたいと思っています。ただ僕も先ほどお話しした通り将来のことが決まっていないので、、、でも伊勢丹の担当の方はすごく親切な方で、僕の状況もご理解してくださっています。本当に周りの人に恵まれているなと思います。一期一会ですね。
—今回の伊勢丹とのプロジェクトや、他にも鈴木さんがつくられる服も含めて、どのようなお客さんに着てほしいっていうのはありますか?
玄人、、、ですね。服がすごく好きな方。伊勢丹さんのお客様には、服を買うだけでなくて、本当に服が好きで店員さんにお話に来る方もいらっしゃるので、そのような方に着てもらいたいです。100人のお客さんよりも、10人の服好きの方に着てもらえれば十分です。年齢的は、25〜45歳くらいの方ですかね。
—カジュアルダウンされたトラッドスタイル自体は日本の若者の間でも大変人気ですが、ビスポークのスーツやジャケットとなると値段も張ったり敷居が高かったりして、なかなかあつらえる若者は少ないと思います。そんな中、若者にもビスポークスーツを広げたいという想いはありますか?
あります。あまり、値段的な事であったり、敷居が高い事は関係がないと思います。スーツがビスポークである必要性は無いですし,手頃な値段でパーソナライズ出来るスーツも今は増えています。でも、国のスーツ文化自体が変わらないとなかなかスーツの若者に対する需要は増えないと思います。
僕が思うに、着る人本人が何が自分に似合うか似合わないか、何が格好良くて格好悪いのか、認識する必要があります。責任を担うのは自分自身でもあり、ショップの店員または服飾雑誌でもあると思いますし、また日本での正装または盛装する場所が少ないという事もスーツへのなじみの低さを露呈する一因に挙げられると思います。これはOccasionのことで、結婚式やパーティーなど催しごとの事です。こちらではクリスマス、アスコット、ハンティングのシーズン、日々の結婚式など季節によって色々な催しごとがあり、その度にスーツを新調される方が多いです。日本ではスーツの会社員の方はとても多く見かけますが、恐らく仕事用の物で特にドレスアップなどという概念は無いと思います。
もちろん例外もありますが、まだまだブランド志向が日本は強いですし、ショップによっては、店員は雑誌に書かれている事を受け売っているだけのように思えます。もっと店員の方にはスーツを着る、選ぶおもしろさなどをお客様には伝えて欲しい、またはむしろ消費者を教育するというような傲慢な気持ちがあってもいいのではないでしょうか?
—注文服に興味を持っていてもなかなか飛び込めない方へのアドバイスなどはありますか?
個人的には、こういうオーダーのスーツは何か意味合いがあったり記念になるような物がいいと思います。例えば、購入する前にリサーチして、チャーチルが着ていたもの、ジェームス・ボンドが着ていたタキシードであったり、何か有名な生地の復刻版であったり、スーツに内包される物、または裏話があるとよりそのスーツへの愛着もわくものです。
これは本当に服の好きな方のやる事ですが、もっと多くの消費者にもこういったおもしろさを業界の方、またはショップ店員など色々な媒体を通して伝える事は出来るはずです。
—現段階で鈴木さんのスタイルの核になっているのが、先ほどもお話しいただいた男性らしさ、マスキュリニティということだと思うのですが、今回の卒業コレクションに関して言えば、トラディショナルなテーラリングをベースにしながらも、テクスチャーを中心に新しい要素も沢山含まれていて、パッと見のインパクトもありますし、多くの人にとっては実際に着るとなると、始めは受け入れがたいこともあるのではないかと思います。これからの自身のレーベルはどのように展開していきたいですか?
確かにそうかもしれません。人は基本的に変化を嫌いますし、特に日本人の方には顕著だと思いますので、そのあたりのバランスが難しいですね。だからこそ、僕がつくる新しい服を着用してもらうためには、ブランディングやマーケティングも重要になってきますし、新しいアイディアが詰まった服ばかりつくってはいられないとは感じています。
実際に自分のブランドを立ち上げるとなると、当然存続させることが一番のプライオリティになってくるので、もう少し、業界に迎合したベーシックなものも必要になってくると思います。僕も自分のブランドをしていくことの難しさは理解しているので、将来の事を考えてもここ2、3ヶ月、どう身を振っていくかということがものすごく大事なのだと感じています。
ただ、そのような自分の味、自分らしさの出し方が、テーラリング以外ではまだ見つかっていないです。今回のようなテクスチャーはマニファクチャできないですし、売る事ができて、自分のシグネチャーになるものを、これから研究を重ねて見つけていきたいと思います。僕の人生のライフワークとして、スーツは研究して行きたいと考えていますので。
—新鮮な要素を沢山取り入れた新しいものだけでなく、タイムレスなピースもつくっていきたいという考えですか?
僕が究極に目指しているのは、「新しいけれど、タイムレス」なものなんです。それはラペルや襟の幅といった細部の違いではなくて、もっとドラスティックな、抜本的な違いがあるスーツです。でもそれは同時に、タイムレスでなくてはならないんです。そこまで辿り着く過程として、色々なものを試したり、モードよりのアプローチをしていきたいということです。その過程で色々と学びながら、最終的にはタイムレスな自分のスーツをつくりたいです。
ひとつひとつのコレクションが単体で終わるのではなくて、コレクションの積み重ねとして、10年20年という期間を通じて、その最終目標にたどりつけたらなと考えています。
僕は結構柔軟な考えですので、各コレクションには、流行やリサーチの結果を取り入れていきたいですし、頑にこれしかやらないということではなく、例えばデジタルプリントや3Dプリントなども取り入れるかもしれないです。そのように時代にあった要素を取り入れる中で、色々なシェイプなどに関する冒険も入れていって発表したいと思います。その延長線上に、モードなものではなくて、タイムレスな鈴木スーツがあるのだと思います。
多くのデザイナーが斬新で奇抜なものをつくってきていますが、なかなか続かないですよね。一時期流行っても今ではもう見かけなかったり、記憶から消えていってしまうじゃないですか。流行らなくて止めてしまったり、敢えて一貫してやらなかったり色々あると思うのですが、、、やはりクラシックなものには勝てない。同じブランドのものでも、デザインが効いたものとクラシックなものでは、クラシックな方が売れてお金にもなるのだと思います。デザイナーとしてどうしても利益も考えないといけないので、流行らないものをずっと続けて行くのはビジネスとしても難しいでしょうし。そこをどうやって模索しながら打破するかですね。
—タイムレスなピースといっても、昔からの形に新しい素材を使って、とかではなく、シェイプやシルエットに大きな変化を与えて、新しいスタンダードになるものをつくりたいということですね。
正にそうです。そういったファブリケーションはもうされてしまっていますし、それだけではおもしろくないので、シェイプ、シルエット、デザイン、コンセプトなど、全て兼ね備えた新しいものをつくることが目標です。
そのためには、ブランドを存続させて行く事が重要ですし、多少はやりたくないこともしていかなくてはならないでしょうし、ブランディングやマーケティングもしていなかいと、デザインだけでは理想には辿り着けないと思っています。
—実際に着てもらいたいという想いは、絶対的にありますか?デザイナーの中には、アートよりのピースといいますか、実際に着れる、着れないをあまり重要視していない方も多いと思うのですが。
お客さんあっての商売ですから。僕もモットーとして思うのは、服に欲しいのは、まずフラッシーなファーストインプレッションなんです。
コンセプトがすごく練ってあって、引き込まれるようなコンセプチュアルなアイディアがあっても、実際の服を見てみたらマッチしていなかったりという事が多々あります。コンセプトは大事ですし、コンセプトなしではデザインできないですし、見た目もコンセプトも両方実現できれば一番良いのかもしれないですが、、、あくまで僕の個人的な考えですが、僕はまず見た目が全てだと思っていますので、極論として、コンセプトはどうでもよいと思っています。
—それでは、コレクション、洋服を通して、鈴木さんが皆に伝えたいメッセージとは何でしょうか?
僕としては、ライフワークとして新しいタイムレスなスーツを模索していて、各コレクションはその過程なのだということを、皆さんにわかっていただきたいです。
ただコレクションごとに見るのではなくて、最もお客さんに伝えたいのは、全ては究極のスーツへのジャーニーだということです。人生を通して見つかるかもわからないですが、自分のシグネチャー、鈴木スーツ、というものを、研究に研究を重ねて、追いかけたいと思います。
Ichiro Suzuki
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