Interview

Ichiro Suzuki 3/4

3、サヴィルロウ、スーツ、マスキュリニティの現在
「今僕が思う現代のマスキュリニティ、究極の美とは、彫刻のような黒人のヌードです」

—アイターもロンドンを代表するデザイナーの一人ですが、他に好きなデザイナーはいますか?

マックイーンのウィメンズウェアですね。

—メンズではなくウィメンズなのですね。やはりマックイーンはもともとサヴィルロウのテーラーで修行していたということも関係しているのでしょうか?

そこには関係なく、純粋に彼のクリエイティビィティに惹かれます。僕ができないものを創造しているので好きなのです。ほんと天才ですよね。彼が亡くなった時もほんとうにショックでしたし。
彼のつくるウィメンズウェアからはすごくインスピレーションを受けました。
大学生の頃とは違って、今はもうこのブランドを着たいっていうような目で見る訳ではないです。

—なるほど。では今は普段どのような服装をされているのですか?

何故かストーンアイランドが好きなので、服を買う時はそこばっかりですね。自分でも何故かわからないのですが。

—ストーンアイランドはアイターもすごく好きみたいで、コラボレーション・プロジェクトを手がけていたと思います。

そうですよね。もしかしたら潜在的に、影響を受けているのかもしれませんね。純粋にあのバッチがかっこいいのかなとも思います。

—確かITSのときもストーンアイランドのTシャツを着ていましたよね。作品と打って変わって、すごくカジュアルな格好で登場されたのでびっくりしました。

そうですね。特にあれは作戦でも何でもなくて、呼ばれて急いで出て行ったので、デニムにサンダルでしたね。

—他にはどのような格好をされていますか?

カジュアルにはあまり興味ないですし、ジャケットとかは虚栄心満開だった大学生の頃に買ったものを着ています。ほんとにITSのときのような格好が多いですね。

—もうあまり自分が装うことには興味がないですか?

おしゃれを楽しむという感じはもうないですね。ただ、スーツの持っているパワーにはやはり惹かれます。スーツをきるときは、色々あわせるものを選んだり、毎日していると面倒に思う事もありますが、やはり楽しいですね。休日とかカジュアルなかっこうのときは本当に適当なのですが。
この前、30過ぎて、生まれて初めてジーパン買いましたね。ストーンアイランドでサイズがなかったのでディーゼルでジーパンを買ったのですが、楽なので今はそれをずっと履いていますね。
少し前は、フルタイムでここで働きつつ、週末はアクアスキュータムの仕事も続けていたので、実際週7日働いていたんですね。それで週7日スーツだったので、3年ほどまともにカジュアルな格好で外に出歩く事がなかったんですよ。

—その反動で、今はすごくカジュアルな格好をされているのかもしれませんね。一般的にサヴィルロウで働いている方々は、普段休日の時はどのような格好をされているのですか?スーツスタイルをドレスダウンしたりするのでしょうか?

ドレスダウンしたりもしますよ。例えばサヴィルロウのパーティが年2回あって、2月のほうはドレスコードがブラックタイで、皆タキシードにボウタイを締めないといけないのですが、6月に行われるほうは結構カジュアルなので、下ジーパンでドレスシャツにリネンのジャケットを羽織ったりとかしますね。
ここでも、仕事場にスーツで来る人も入れば、カジュアルできて着替えてという人もいます。僕はスーツで来るタイプです。

—それでは次に、ロンドンのファッションシーン全体についてはどうお考えですか?サヴィルロウも含め伝統的なジェントルマンスタイルがあると同時に、若くて才能あふれるデザイナーが次々と登場している街だと思うのですが。

堅い話からいくと、ロンドンの教育システムは本当にしっかりしていると思います。Graduate Fashion Week(ロンドンのファッション関連の大学の卒業ショーを集めたファッションウィーク)もそうですし、学生が独り立ちした時のバックアップもありますし、だから新しいデザイナーがどんどん出て来るのだと思います。
そのような若いデザイナーだけでなく、当然老舗もあって、それらが融合していて、ロンドンのメンズウェアは活気がありおもしろいと思います。

—特に最近は、ロンドンの若手デザイナーでは、もっとカジュアルなスタイル、ストリートウェアやスポーツウェアをベースにしているデザイナーが多いですし、街を見てみても、スーツをはじめとしたきっちりとしたスタイルをしている人がますます減っていると思うのですが、そのことについてはどう思いますか?

確かにドレスダウンが進んで、カジュアルになっていると思います。論文でスーツについて書いたのですが、もう50年後とかにはほとんど廃れてしまっているかもしれないですよね。スーツ自体がカジュアル化しているというのもありますし。

—それは俗にいう、ゆるテーラードみたいなことですか?

そうですね。定義の中ではスーツの形をしていても、実際はほぼカジュアルのカテゴリーに入るようなものも多いですし。良い事か悪い事かはわからないですが、ちゃんとした伝統はいつまでも残るといいますし、ドレスコードが緩くなる中でもちゃんとした場にはちゃんとした格好の人もいますが、全体的にはカジュアル化は進んでいると思います。
スーツは儀式的なものになってしまうかもしれないですね。フォシライズ、化石化するという言葉をよく使うのですが、モーニングなどもフォシライズされて結婚式などでしか着ないですし、ラウンジスーツと呼ばれていてくつろぐためのものだったものが今ではフォーマルな場でのスーツになっていますし。ラウンジスーツだったものがフォーマルになり、フォーマルだったものがよりインフォーマルになっていっています。

—確かに一概に良い事か悪い事かは判断できないとは思いますが、鈴木さんとしてはそのようなカジュアル化についてどう思いますか?

僕はスーツが持っている絶対的なパワーを失ってほしくないので、あまりカジュアル化されすぎたものを見ると、理解しがたいことも多々あります。トラベル用にライトなものだったり、テクニカルな素材を使ってみたりなど色々なスーツがありますが、僕はやはり、スーツの本来の魅力に惹かれるので。
特にウールは、モールドしていく、というのですが、作っていく過程の中でアイロンワークなどにより人の体の形にはまっていくんですね。そこで細かく素材を操っていく事もできますし、現段階では、ウール以外ではこういったカチっとしたスーツをつくるのは難しいと思います。
勿論、僕としてはそういったカチッとしたウールのスーツはなくなってほしくないですが、はっきりいって、いつなくなってもおかしくないと思います。何十年か後には、ここサヴィルロウも、もしかしたらミュージアムになってしまっているかもしれません。

—サヴィルロウ自体が廃れてきているという実感はありますか?

アバークロンビー&フィッチができたこともあって、サヴィルロウ周辺の場所代が上がって来たりして厳しい状況ではありますね。
でもヘンリープールではガタっと売り上げが落ちているということはなくて、実際に昨年よりも売り上げは上がっていますし、リーマンショック以降は打撃も受けましたが、この業界は少し特異ですし、そこまで大きなダメージは受けていないと思います。
ここサヴィルロウから出て行くブランドっていうのは、Evisuとかデザイナーズ、カジュアルブランドで、そのようなブランドのほうが不況の打撃を受けやすいので大変なのだと思います。テーラーには不況でも離れないお客さんがいますので。
お客さんに関しては、ふらっと入ってくるお客さんも増えて来てはいるのですが、やはり常連さんや紹介が多いですね。あとヘンリープールではアメリカでも受注会を行っていて、そこでの売り上げが全体の50〜60%を占めています。サヴィルロウ全体でもアメリカでの売り上げはそれくらい占めていると思います。

—サヴィルロウで働く人材についてはどうですか?僕のイメージでは、英国人の方が十代の頃から丁稚奉公をして育っていくという感じなのですが。

そのあたりは変わって来ていると思いますね。僕はハンドクラフトテーライングというコースを専攻していた時も、おっちゃんやおばちゃんといった、年配のキャリアチェンジで来ている方も多かったです。同僚でバンドをやっていて、音楽をしていくか就職するかというところで、28歳で働きだした人もいますし、勿論ふらっと入って来て丁稚奉公を始めた人もいますし。
あとはサヴィルロウのテーラーにずっと勤めるのではなくて、学んでから独立する人が増えていると思います。ですので、現在は何十年も勤めている年配の方に支えられているのですが、彼らと新しく入って来た人の中間、中堅の人があまりいないという状況です。

—このサヴィルロウで修行して、独立してうまくやっている新しいテーラーは実際に沢山いるのですか?

ボンドストリートに店を構えているThom Sweeneyという新しいブランドが今勢いあるようなのですが、彼もTimothy Everestでもともと修行していたようです。結構独立している人の話は最近聞きますし、実際に独立できるかどうかは別として、独立の野心をもってサヴィルロウのテーラーに学びにきているという人は以前より増えていると思います。

―先ほども少しお話に挙がりましたが、日本のスーツとサヴィルロウのスーツの決定的な違いは何でしょうか?日本のスーツはスリムなだけでメリハリがなく、マスキュリンさが足りないということでしょうか?

その通りです。そのような日本のスーツは間違いではないですし、サヴィルロウのなかでもそういったスーツを仕立てているところはあります。
でもサヴィルロウ、また僕が表現しようとしているものは、究極の美、またはマスキュリニティです。沢山のドレープを胸元に作り、sculpted-waist、まさに彫刻のようなウエストとお尻周りの適度なフレアーです。これはそういった体系の人はもとより、例外もありますが,華奢な人から肥満体の人までスーツを着せる事によって表現できるシェイプです。
おのおのが求めるスタイルにより見解は異なりますが,あくまでも僕が求めるのはそのようなものです。

—鈴木さんのヒーローやアイコンはいますか?

ボウ・ブランメルですね。ボウは伊達者という意味で、本名はジョージ・ブライアン・ブランメルというのですけど、19世紀に当時のプリンス・オブ・ウェールズのショージ4世と仲が良くて、鳴り物入りで社交界に入ってきました。彼はドレスに対する執着心がハンパじゃなかったんです。
服装自体はシンプルなんですが、ネクタイの完璧な結び目のために昼間何時間も費やしたり。水たまりのまたぎ方一つにもこだわりがあったみたいです。Simplicity is everythingで、服の持つシステムや人々の服に対するメンタリティを根底から変えたんですね。 ボウ・ブランメルがつくったのは、その当時のモダンジェントルマンなんですよ。ジェントルマンはこうであれということを、彼は自分のスタイルで示したんです。着こなしからお酒のたしなみ方まで徹底したこだわりで、貴族達をとりこにしたといわれています。

—彼は当時のモダンジェントルマンをつくったということで、いわばその時代の新しいスタンダード、新しいエレガンスの定義をつくってしまったということですね。

その通りです。今僕がしようとしていることは、彼と一緒の事なのです。彼は自分のスタイルでそれを表現していて、僕の場合は自分がつくる服を通じて表現したいということです。今の時代の、モダンジェントルマンをつくることが使命だと志しています。

—ジェントルマンとだけ聞くと、昔ながらのスタイル、変わらないマスキュリニティというイメージが先行してしまいがちですが、時代によって変わって行くものですもんね。鈴木さんが現時点で考える、現代のマスキュリニティ、現代のモダンジェントルマンとはどのようなものですか?

今僕が思う現代のマスキュリニティ、究極の美とは、彫刻のような黒人のヌードですね。
また僕が考えるジェントルマンは、着るものだけでなくその人の物腰、作法、考え方、哲学、生き方などを敷衍して考えないといけないと思うので、一概にこの人というのは難しいですが、具体的に着るものだけで言えば、11オンスのネイビーまたはペトロール・ブルーのフラノのロープストライプに、マッチした白のシーアイランド・コットンのシャツとポルカ・ドットのネイビーのタイ。靴は黒のオックスフォードにシルクのハンカチーフなどがあればいいのではないでしょうか?あと、特にヨーロッパで多いですが,親または祖父から譲り受けた腕時計、金のカフリンクスやシグネットリングなどをつけていれば一層、服装に幅がでるのではと思います。

Ichiro Suzuki
URL: http://www.ichirosuzuki.co.uk/
Contact: info@ichirosuzuki.co.uk

Interview & Text:Yasuyuki Asano Photo:Yuta Fukuda

コメントは停止中です。