Interview

蘆田裕史 1/5

昨年発売された書籍「ファッションは語り始めた-現代日本のファッション批評-」やトークイベント「ドリフのファッション研究室」、東京オペラシティを皮切りに開催された「感じる服 考える服:東京ファッションの現在形」などが立て続けに現れ、ファッションをあらゆる角度から論ずる機会が目立つようになった。ファッションを論ずることは遥か昔から行われてきたが、ようやく蓄積され始めた日本のファッションの歴史を語る場は未だ確立されておらず、馴染みのないものである。

今年3月に出版されたファッション批評誌『fashionista』。現在の日本のファッションシーンで活躍するデザイナーのインタビューや評論、研究者・批評家の千葉雅也氏による特集、公募論文/批評を収録するなど幅広い視点を持ってファッションを批評する場を設けている。

過去を知り、未来を残す。物や情報が溢れる世界で着実に歩んできた歴史を振り返り、知識としてファッションを見つめ、その先に起こり得ることを思考する。今回キュレーター・批評家としても活躍し、『fashionista』の編集を務めた蘆田裕史氏に『fashionista』について触れつつ、日本のファッション批評の現状と展望を語ってもらった。

→ファッションの批評誌『fashionista』創刊

―まず蘆田さんのことについてお聞きします。京都大学での専攻は薬学だったようですがなぜ薬学からファッション関係に進もうと思ったのですか?

 恥ずかしいのであまり言いたくないのですが、薬学部にいた時、自分で服を作っていました。文化の通信教育をやってみたり、本や市販のパターンで勉強したりして。
 僕が大学生の頃はインディーズブランドがブームになっていました。大阪の“螺旋”や京都の“Zazou Planet”など、学生や若手のデザイナーが作った服を置いてもらえるようなお店があって、そういうお店に置いてもらったりもしました。ですが、僕は絵も描けなければ服をきちんと作る技術もないし、職業としてそれをやるのは無理だと思っていました。
 一方で、服だけでなく美術や音楽の歴史や理論なんかにも興味がありました。それで、4回生の時に文転をしようかとも思ったのですが、大学院の入試は二カ国語以上が必須なことなどもあって、結局諦めて薬学部の修士課程に入りました。いずれにせよ、企業などの組織で働くのは性に合わないと思っていましたし、実験も好きだったので。ですが、所属していた研究室の先生とあまり方針が合わなかったことなどもあって、ここで続けるのは難しいかな、と思うようになりました。そこで、どうせだったら自分がやりたいことをやって、うまくいかなかったらその時に考えればいいやと思い、文系の大学院を受け直してみようと思ったんです。休学して勉強し、前期の試験は落ちたのですが、後期で受かったんです。
 理系の場合、大学院での研究内容は概ね先生が決めるのですが、文系では完全に自分が好きなことをやれる。指導教員さえOKなら、ファッションでも美術でも音楽でもいい(ファッションの研究を否定的に見る先生ももちろんいましたが)。美術や音楽も選択肢にはありましたが、大学からずっと美術史や音楽史をやっている人に追いつこうと思ったら、それだけで数年かかってしまう。ファッションだと大学で研究しているいる人がほとんどいないので、スタートとしてはそれほど変わらないし、いちばん好きものだからそれを研究テーマにしようかな、と。

―日本だと学問としてファッションを研究するというのは馴染みが薄いと思いますがファッションを大学院で研究するということはどういうことなのでしょうか?

 例えば美術を大学院で勉強する場合、美術史(歴史)をやる人もいれば、美学(理論)をやる人もいる。ファッションも同様です。服飾史をやることも出来るし、理論──例えば鷲田清一みたいに哲学をベースにしてファッションを論じるとか、あるいは社会学をベースにしてファッションを論じる──を勉強することも出来ます。ただ僕はもちろん哲学や社会学を学んだ経験がなかった。最終的には理論をやりたいと思ったけれど、方法論となる武器を持たずに理論はできない。鷲田さんはComme des GarconsやYohji Yamamotoについて語ったりしているけれども、それは彼のベースとなる哲学があってこそ。方法論がしっかりしているから現代のことが出来るんです。そうした方法論がない人がいきなり現代のことをやってもエッセイにしかなりません。そこで、まず自分に出来ることを考えた時、歴史的なアプローチから始めるのが一番いいだろうと思ったんです。ただ、そのとき既存の服飾史は形の変遷、あるいはデザイナーの変遷を辿っているだけに見えてあまり面白いとは思えなかった。また、指導教員の先生の専門も美学だったので、美術史と絡めながらやれると面白いかなと思ったんです。

 そこで選んだのが20世紀前半という時代です。『fashionista』でも紹介している『ファッションとシュルレアリスム』という本があるのですが、そのような美術史と服飾史の境目に興味を持ったんです。20世紀前半の美術家たち、例えばイタリアの未来派とかシュルレアリスムの人たちは、服について色々文章を書いたりしています。彼らの考えていることって、ファッションの理論を打ち立てる参考になるんじゃないかと思い、そのあたりを調べることにしました。

―ファッションの論文を書くのはわかるのですがそれをファッションの論文として評価出来る人はいるのでしょうか?

 歴史研究の場合は、事実が正しいかどうかというよりも、論文として整合性があるかどうかという評価になってしまいます。僕の先生もファッションについて論じたりはしていましたが、ファッションを専門にしているわけではありませんでした。でもそれはファッションに限らず、他の分野でもそうだと思います。大学のシステム上、すべての学生の研究にぴったりの先生がいるわけではなく、一人の先生が何人もの学生を見なければいけないので。

―ベルギーに留学していますがどんな理由で留学したのですか?

 博士課程に入ってからはシュルレアリスムのことを研究していたのですが、日本にいても海外にいてもやることが一緒なのであればフランス語圏に行った方が、言葉を日常でも使えるし覚えるのも早いだろうと思い、フランス語圏の大学に留学することにしました。アントワープにも興味があったので、ブリュッセルに留学すればアントワープもちょくちょく見に行けるかな、と。そうしてブリュッセルの大学に1年通った後、2年目の分の奨学金が取れなかったので日本に帰ろうと思っていたのですが、ふと思い立ってアントワープのモード美術館にインターン希望のメールを送ったら、学芸は枠が埋まっていたのですが、ライブラリー/アーカイブで採用してもらえることになり、そこで半年ほどインターンをしていました。

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