依田健吾による不定期連載「クローゼット・ファンクラブ」第2回
時代の転換期、というものに立ち会うというのはどんな気分なのだろう。
我が国でいえばフォークゲリラが新宿西口を占拠した1968年や、ニュー・ウェーヴとウォークマンで街の景色が塗り変えられた1979年あたりがそれにあたるのだろうが、私は残念ながらそうした時代を生きていない。ITによる変化のスピードはそれより速いが、もっとこう、毎日わくわくさせられる何かがあるように思えるのだ。
私の手元に1965年製のフェンダー・ジャガーというギターがある。
経営難でCBSグループに買収される前年、フェンダー黄金期最後の製造で、当時はかの「ストラトキャスター」より高額なフラッグシップモデルだった。
ジャガー自体はストラトを抱えたジミ・ヘンの登場によって主力から退いていくのだが(蛇足だが当時のジャガーが不人気故に中古市場で安価だったため、80〜90年代のミュージシャンによって愛用され、音楽、ファッションの世界に多大な影響を与えたことは興味深い)、上位機種のみに採用されたメタリックカラーも相まってなんとも魅力的な佇まいである。
CBSに買収されたフェンダー社のギターはその後生産の効率化でシェアを拡大するが、ファンにとっては「65年以前」と「66年以降」が別物であるという意見が強い。
「大量生産で味気なくなった」というのがその主な理由だが、これは実はファッションの世界にも全く同じ現象が見られる。「リーバイス」のジーンズである。
ファッションに関心のある人なら知らない人はいないだろうからリーバイスに関する説明は省くが、フェンダー社同様リーバイ・ストラウス社も時代の流れで1965年に株式公開を行い、翌年より利益率を重視した大量生産の体制での経営へとシフトチェンジを行っている。
かの名作ジーンズ「501」も、65年以前と66年以降ではシルエットはもちろんのこと生地、パーツからミシンの使い方までを変更していき、それが皮肉にも「たまらない味」としてマニアに珍重されているが、化学繊維や効率重視の服作りの是非はともかく、ファッションが時代から逃れられない最も分かりやすい例の一つではないだろうか。
ちなみに私は501を40年代後期〜50年代初頭製造のものと66年(もしくは67年)に製造されたものの二本を所有しているが、本当に面白いくらい違っています。
さて、こうした変化がなぜ1965年に集中したのだろうか。
強引に因果関係を見出すならば、同年から始まった(正しくは「アメリカが介入した)ベトナム戦争の影響が大きいだろう。名実ともに「世界一」だったアメリカが初めて挫折を味わったこの戦争は、当初は国民全体が楽観視していたとはいえ、産業の面ではとてつもないインパクトだったのだろう。
音楽の世界では、1965年にはボブ・ディランがエレクトリック楽器を導入し、翌66年にはビーチ・ボーイズが名作「ペット・サウンズ」をリリースする。特に後者は録音技術の向上が前提で、時代が大きく変化していることを今聴いても感じさせるものだが、いずれもビートルズの登場が大きく影響しているのは間違いない。
彼らがアメリカデビューを果たしたのが1964年。その頃には、既にアメリカの変化は始まっていたのかもしれない。
アメリカが黄金期と呼ばれた50年代の終わりは1962年のケネディ暗殺だった、とよく言われているが、それが表面化したのが1965年前後で、ビートルズ(というロックというアメリカ文化に対する伝統の国からの回答)と戦争という全くの外的要因だったことは、こじつけにしてもモノづくりをする人には嫌でも考えさせられる事実だと思うのだがどうだろうか。
(文:依田健吾)
Bob Dylan: The Times They Are A-Changin’
______________________________
マイルズ・デイヴィスがエレキギターと電子ピアノを最初に導入したアルバム『Miles in the Sky』を発表したのは1968年のことです。
1968年は、パリ5月革命を象徴とする世代交代の年とされていますが、パリ・コレクションにおいてもオートクチュールからプレタポルテへと主流が移行した年として知られています。もちろん、わずか1年で何もかもががらりと変化するわけではないのですが、それ移行、ファッション・ショーにおいて次第に必須となっていったのが「音楽」でした。
今夜はあがた森魚の『バンドネオンの豹(ジャガー)』を聴こう。