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Hachi / BALMUNG

Hachi / BALMUNG

「都市と人間との関係の中から触発され循環する過程である。
 都市と人間との関係の中から触発され生産された結果である。
 都市と人間との関係の中から触発され原動力とする探求である。
 都市と人間との関係の中から触発され積み重なる研究である。」

概念としての「灰色」を表現したい。

1984年生まれ福岡出身。高校過程で電子制御工学科、服飾学校で服作りを学んだ後、自身の服作りBALMUNGを始める。
2008年友人たちと空間展示会「dinner」を行ったことにより初めて服を発表する。
2010年にパリの展示会に初参加。
2011年にロンドンでインスタレーション発表。



→ http://www.balmung.jp

#wiki マークジェイコブス → ユダヤ系アメリカ人

インテリ→セレブ→ファッションデザイナー→マークジェイコブス→ユダヤ系アメリカ人
と巡ってきました。

とくに何の派手さもない浮き沈みのない日常を送っているため、何書こうかと思ったところウィキでランダムにリンク飛びしてぼく自身想定外の単語とその内容を目の前にして考えて行くのは面白いかなーと思ったのでやってます、すいません笑

ちなみにユダヤ系アメリカ人、きましたね。
なんかタブーチックな気がしますがかなり面白そうなネタだと思います。
しかしあまりにも内容が長過ぎたために、ちょっと一部だけの転載にしておきました。。。。

ユダヤ人っていうのは例えばナチスのユダヤ民族の迫害みたいなのがぼくの中では印象的なんですけれど、現在の金融もしくは金融と繋がりのある世界などではユダヤ人のおけるポジションというか意味っていうのはとても大きいらしいです。(勉強不足で本当に失礼します)
このページを見て知ったのですが、あの科学者のアインシュタイン、映画監督のスピルバーグやgoogleの創始者などもユダヤの血を引いてるとのこと。

こんなウィキペディアで少し触れただけではあまり深いところまでは掘り下げられないぐらいに話が大きくなりすぎてしまいましたので次はもうちょっと面白そうな単語に飛んでみようと思います。。。

「19世紀」次いってみます。もう少し興味深い内容のところ飛んでいってみたい。

ユダヤ系アメリカ人
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ユダヤ系アメリカ人
Jewish Americans, American Jews

メル・ブルックス / ノーマン・メイラー / ベン・バーナンキ/バーブラ・ストライサンド / アイザック・アシモフ / アルバート・アインシュタイン/ルイス・ブランダイス / サーシャ・コーエン / グウィネス・パルトロウ/ハンク・グリーンバーグ/ラーム・エマニュエル/スティーヴン・スピルバーグ
総人口
5,128,000人 ~ 6,444,000人
合衆国全人口の1.7% ~ 2.2%

居住地域
北東メガロポリス地帯
(ニューヨーク都市圏、 ボストン都市圏)
南フロリダ、ワシントンDC
西海岸(ロサンゼルス、サンフランシスコ)
言語
英語、ヘブライ語
イディッシュ語、ジュデズモ語
宗教
ユダヤ教
改革派/保守派/正統派/再建派/その他
関連する民族
アシュケナージ、セファルディム、ミズラヒム

ユダヤ系アメリカ人(Jewish Americans / American Jews)はユダヤ人のアイデンティティを持つアメリカ合衆国の国民(ユダヤ人の定義についてはユダヤ人を参照)でその大半は中欧・東欧から移民してきたアシュケナージとその子孫である。セファルディム、ミズラヒムなどユダヤのマイノリティ民族も少なからず存在する。多くのユダヤ人コミュニティはその独自性を今尚保持しており、その宗教のみならず他のヨーロッパ系とは異なる文化を形成している。
2007年時点でアメリカ合衆国はイスラエルに次ぐ(統計によっては最大の)ユダヤ人居住国家で約512万8千人を数える。アメリカ全人口の約1.7%を占める(統計によっては644万4000人というデータも存在し、この場合の人口比は2.2%になる)ちなみに2007年のユダヤの本拠地イスラエルにおけるユダヤ人人口は543万5800人で全イスラエル人口の75.7%を占めている。
目次 [非表示]
1 概要
1.1 歴史
1.2 アイデンティティ
1.3 政治
1.4 公民権
1.5 ホロコースト
1.6 国際問題
2 人口と分布
2.1 統計結果とその地図
2.2 ユダヤ人の郡ごとの人口比(上位100郡)
2.3 アメリカ社会への融合と人口動静
2.4 アフリカ系ユダヤ人の存在
3 宗教と信仰
3.1 信者の動静
3.2 信仰心
4 教育
5 ユダヤ系と現代社会
6 ユダヤ系アメリカ人の文化
6.1 言語
6.2 アメリカのユダヤ系文学
7 著名なユダヤ系アメリカ人
8 関連項目
概要 [編集]

歴史 [編集]

ニューヨークのシナゴーグ
アメリカ合衆国におけるユダヤ人の歴史は17世紀初頭より続いており、この時代のユダヤ人はスペインやポルトガルから移民してきたセファルディムが多かった。およそ1830年まではサウスカロライナ州チャールストンに集中していた。ユダヤ人の大量移民は19世紀まではほとんどなく、19世紀中盤になりアシュケナージがドイツより移民を開始しアメリカで商人や小売業に従事した。1880年には約25万人のユダヤ人がアメリカにいたと推測されドイツ系は教養があり世俗的(信仰心の薄い)なユダヤ人であった。新ユダヤ人移民が増大したが古参者のセファルディムも依然として影響力を持ち続けた。
東欧におけるユダヤ人迫害の風潮が高まった1880年代になるとアメリカへの移民は劇的に増え、彼らのほとんどはロシア帝国や現在のポーランド、リトアニア、ベラルーシ、モルドバなどの地域に住んでいた貧しい田舎出身のイディッシュ語を使うアシュケナージだった。19世紀後半から200万人超のユダヤ人が移民し、1924年に排日移民法などで移民規制が厳しくなるまで続いた。多くはニューヨーク市とその都市圏に居を構え現在に至る最大のユダヤ人コミュニティが形成された。
20世紀初頭に新たに移民してきたユダヤ人は小さなシナゴーグなどをサポートするためのネットワークを構築。またユダヤ人作家の活動によりアメリカでの生活に溶け込むことができた。第二次世界大戦では50万人(18歳から50歳までのユダヤ人男性の約半数)が徴兵された。戦争後はアメリカの新しいトレンドとなった郊外移住に便乗した結果、ユダヤ人同士が結婚し家庭を持つ比率も高まりユダヤの信仰心も回復した。ユダヤ系の学校の入学者は戦後から1950年代半ばまでに倍になりシナゴーグへの通う人も1930年代の20%から1960年には60%にまで上昇した。近年ではキューバ、ベネズエラ、イラン、北部アフリカ、旧ソ連など様々な国からユダヤ人が移民してきており、彼らもアメリカのユダヤ人コミュニティに溶け込み生活をしている。
アイデンティティ [編集]
19世紀後半から20世紀初頭にかけてのユダヤ系アメリカ人のセルフ・アイデンティティは、ユダヤは「人種」ではなく「民族」である、という概念へと変化していった(事実ユダヤ人とは人種ではない)。この変化に大きな影響をもたらしたのが1915年から25年まで発行された「メノーラー・ジャーナル」という雑誌で、編集者たちはユダヤの人種的、宗教的側面よりも民族性を強調し、薄れつつあったユダヤ独自の「文化」を再認識させる形となった。哲学者のホレイス・カレンによってこの”メノラ・ムーブメント”は洗練された形となり、ユダヤ人を形成する概念から完全に「人種」という要素を排除することとなった。
民俗学では彼らの文化をその歴史や芸術などに照らし合わせ、ユダヤ文化が絶滅したり激変したりせずに現存するにいたるのかを研究している。多くのユダヤ人移民は決して敬虔だったとはいえず、むしろ新しい環境と文化に溶け込むことに抵抗を見せなかった。しかし一民族としての自己意識(もしくは集団意識)は彼らの生活に活力を与え、ユダヤ人とアメリカ人という異なるアイデンティティを同時共有せねばならなかった彼らにとってユダヤのアイデンティティの喪失は、全ての文化を破棄するに近いものだった。第二次世界大戦中のホロコーストと第三次中東戦争後、ユダヤ人国家であるイスラエルの建国、そして存続はユダヤ人のアイデンティティをより強いものとした。
政治 [編集]

ロシア帝国のポグロムにより1881年から1924年にかけてユダヤ人は大西洋を渡った。
ドイツからの初期のユダヤ人移民の政治観は保守的であった一方、1880年代前半から始まった東欧出身のユダヤ人はリベラルで左翼が多く、やがてアメリカ政治の舞台で頭角を現し始めた。東欧系のユダヤ人はヨーロッパで社会主義やアナキズム、リトアニア・ポーランド・ロシア・ユダヤ人労働者総同盟などを経験しており20世紀初頭よりアメリカの労働者ムーヴメントのリーダーシップを取る存在にまでになった。彼らは組合組織を発足させ1936年以後の民主党で左翼思想を牽引した。
19世紀後半のユダヤ人たちは共和党の政策に傾倒していたが、おおよそ1916年以後は民主党支持派が急増した。同年に大統領に選出された民主党候補のウッドロウ・ウィルソンはユダヤ人票の55%を獲得している。1940年、44年、48年の大統領選では両党共にユダヤ人国家のサポートを掲げていたのにも関わらず実に90%もが共和党政権を拒否し民主党のフランクリン・ルーズベルトやハリー・S・トルーマンを支持した。1952年から56年にかけては約60%が民主党のアドレー・スティーブンソンを支持、40%が共和党のドワイト・D・アイゼンハワーを支持した。これは1920年の共和党候補で後の大統領ウォレン・ハーディングが43%の支持を得て以来の高水準だった。1960年には共和党リチャード・ニクソンに反対し83%もが民主党でカトリックのジョン・F・ケネディを支持。1964年には90%が民主党リンドン・ジョンソンを支持。この時の共和党候補バリー・ゴールドウォーターはプロテスタントではあったが父方の祖父母の血縁はユダヤ系であった。民主党候補ヒューバート・H・ハンフリーは1968年の選挙で68%のユダヤ人票を獲得したが、結果共和党リチャード・ニクソンに敗れた。ユダヤ人の共和党に対する支持はこれ以後は加熱しなかった。1972年のニクソンの2度目の大統領選では競合のジョージ・マクガヴァンにも注目が集まったがユダヤ人の民主党支持は65%に留まり、ニクソン率いる共和党は通常値の2倍近い35%の支持を得ることとなった。1976年には民主党ジミー・カーターを71%が支持、この時の現職大統領共和党ジェラルド・フォードを27%が支持。しかし1980年のカーターの再大統領選ではユダヤ人の民主党支持はわずか45%と下降線となり共闘のロナルド・レーガンに39%が流れ、無所属のジョン・アンダーソンに14%が流れた。1984年のレーガンの再大統領選では共和党に31%が、民主党のウォルター・モンデール候補に67%が流れた。

J・リーバーマン元副大統領候補
1988年には民主党マイケル・デュカキスに64%が、共和党ジョージ・H・W・ブッシュに35%が流れた。ブッシュは高支持を集めたが92年の彼の再大統領選では11%にまで急落、80%が民主党ビル・クリントンに、9%が無所属のロス・ペローに周った。96年のクリントン再選の時まで78%と高支持であり16%が共和党ボブ・ドールに3%がペローに流れた。2000年と2004年の大統領選では民主党候補でカトリックのアル・ゴア、ジョン・ケリーは70%台のユダヤ人支持を獲得、一方共和党ジョージ・W・ブッシュの支持は2000年の19%から04年には24%と緩い上昇を見せた。2000年のゴア候補の副大統領候補に選ばれたジョー・リーバーマンはユダヤ人として初めて大統領選に打って出た(アメリカの大統領選は大統領候補と副大統領候補がペアで出馬する)。2008年の大統領選では初の黒人大統領で民主党のバラク・オバマを78%が支持。この時、白人系プロテスタントは34%、白人系カトリックは47%しかオバマ支持ではなかったが白人系ユダヤ人に限っては83%もがオバマを支持した(その他の宗教を信仰する67%が、無宗教の71%がオバマを支持)。
連邦議員選挙では1968年以降70から80%のユダヤ人は民主党を支持。2006年の選挙では83%まで上昇した。現在、100人の上院議員のうち14人がユダヤ人で、そのうち12人が民主党(ラス・ファインゴールド、ダイアン・ファインスタイン、アル・フランケン、アーレン・スペクターなど)無所属が2人(ジョー・リーバーマンなど)で二人とも民主党の執行委員を務める。ウィスコンシンとカリフォルニアの2州がそれぞれ2人のユダヤ人上院議員を輩出している。全435人の下院には30人のユダヤ人議員がおり、そのうち29人は民主党、1人が共和党である。2008年11月、唯一の共和党所属のユダヤ人議員のエリック・カンターはユダヤ人共和党下院議員初のハウスマイノリティーの幹事に就任した。
公民権 [編集]

反ユダヤ主義:「ユダヤ教は敵だ」と書かれたフランスの選挙用ポスター
ユダヤ系アメリカ人のグループは彼らに対する偏見や差別に対し非常にアクティブで、その他にも公民権運動に代表される黒人差別や女性差別、労働者ムーヴメントなどにも積極的に参加している。歴史的に差別を被ってきたユダヤ人であるからこそ他の被差別人種、民族に対してのシンパシーが強いとされている。ユダヤ系アメリカ人コングレスの代表者であったプリンツは1963年8月28日のワシントン大行進の演壇にて以下のようなスピーチを行った「数千ものユダヤ人たちが卑劣な差別に対し立ち向かってきた。我々が受けた差別には2つあり、一つは我々の精神(スピリット)に対して、そしてもう一つは我々の歴史に対してだ。3500年におよびユダヤ人は差別を被ってきた。我々の歴史は奴隷であったことに始まり、自由(フリーダム)を切望した。中世の時代より我々の祖先は数千年に渡りヨーロッパのゲットーで生活を営んできた。これは我々ユダヤ人が黒人の人々に対する差別にシンパシーを持ち、サポートするきっかけになる一つの理由である。今こそ我々のアイデンティティを確立させ、この悲惨な歴史の元一致団結すべき時である。」
ホロコースト [編集]
第二次世界大戦が勃発するとユダヤ系アメリカ人のコミュニティはその思想により大きく分断され共通の戦争観を持つことは無かった。東欧系ユダヤ人の多くはシオニズムを支持し、ユダヤ人国家の建国こそがナチスに台頭に対する唯一の解決策であると信じていた。一方、ドイツ系ユダヤ人はナチの危機を感じてはいたもののシオニズムに関しては軽蔑的であった。多くの指導者達はユダヤ人国家の建国やユダヤ人軍の結成に対し、ユダヤ人の社会的身分は低くあるべき、と考えるアメリカ人からの反発が出ることを懸念した。戦争が終盤に近づくと全員ではないが多くのユダヤ人指導者がシオニズム支持の方向で結束を見せ始めた。

ユダヤ人のイスラエルへの移民数の変移。シオニズムは1948年の建国以前の政治運動であり、建国後10年間はユダヤ人の大量移民が続いた。
ホロコーストが起こってもアメリカのメディアはその実状を報道することは無かった。それはニューヨークタイムズの経営者シュルツバーガーの反シオニズム思想から来るものであった(ユダヤ人がヨーロッパで酷い仕打ちにあっていると国民が知ればシオニズム賛同派が増えかねない)。ユダヤをただの宗教(「人」ではない)としたうえで、ヨーロッパのユダヤ人に関しては「難民問題」と位置づけ、アメリカで最も影響力のある新聞であるのにも関わらずユダヤ迫害の記事は編集され一部分のみしか紙面に載らなかった。彼は反シオニズム会議へ参加しており、ナチによるユダヤ人迫害が明るみになっても尚イスラエルの建国には反対し続けた。シュルツバーガーはナチのユダヤ人に対する残虐な行為を決して一面では扱わず、紙面に載っても中ページの小さなものでニューヨークタイムズの影響力を作為的に小さくした。彼のユダヤ人に固執した偏見意識はユダヤ人コミュニティの台頭と共にアメリカの民主主義に沿わないとして退陣することとなった。
ニューヨークタイムズはユダヤ人が有する巨大新聞社の一つで、他にもハリウッドやラジオの世界にユダヤ人の存在が顕著に見られる。ハリウッドの映画やラジオは真珠湾攻撃以前のナチのユダヤ人迫害についてを描くことはなく、ユダヤ人のスタジオ経営者などは映画やラジオを使って明らかな反ファシズムやユダヤのプロパガンダを行うことを好ましく思っていない。これらはアメリカ最大のユダヤ人団体名誉毀損防止同盟やユダヤの指導者からスタジオにアメリカにおける反ユダヤ人の感情を生み出さないよう圧力をかけている。
国際問題 [編集]

中東情勢の図。イスラエルが水色。緑色はアラブ連合で濃い緑は既に対イスラエル戦争を行った国。赤色がガザ、ヨルダン川西岸地区。
ユダヤ人に関連する国際問題は20世紀初頭ロシア帝国のポグロムや1920年代の合衆国移民規制により表面化しだした。この頃はちょうどシオニズムやバルフォア宣言などが過熱した時代でドイツの商業において1930年代に巨大なボイコットを生むと共にヨーロッパではファシズムが台頭し始めていた。ルーズベルト大統領の左翼的政策(外交政策や国連の設置など)は1930年代から40年代にかけ強いユダヤ人の支持を得た。シオニズムに関しては徐々に影響力を見せはじめていたが依然として少数支持であった。1948年のイスラエルの建国で中東の緊張が一気に高まり、アメリカのイスラエル支持はシオニズムの政治的影響を内在していた。イスラエルに関しての初期の問題は地理的なものと宗教的なものであったが、シオニズムとイスラエルの建国について未解決の問題も孕んでいた。第三次中東戦争をきっかけにこの問題は表面化し、ユダヤ系アメリカ人の中にもイスラエル支持派と反対派を生んだ。大半の者はこの戦争は不可欠であると容認する者が多かったがリベラルな思想を持つ左翼派のユダヤ人と右翼派(シオニスト)の対立が生まれた。1960年代において第三次中東戦争はユダヤの複雑で繊細な問題を浮き彫りにする形となった。同様の緊張状態は1977年前後のシオニズム修正主義者の台頭により、1982年レバノン戦争でガザとヨルダン川西岸地区の制圧によっても引き起こされた。1993年のオスロ合意におけるイスラエルの姿勢はユダヤ系アメリカ人の二極化をさらに広めることとなったばかりでなく、イスラエルのロビイストの意見をも分割させることとなった。
2004年の調査では大多数のユダヤ系アメリカ人が独立したパレスチナ国家を作ることを支持している一方、ヨルダン川西岸地区からは撤退するべきだと考えていることがわかった。中東諸国との緊張が絶えないイスラエルだがアメリカのイラク戦争に関してはアメリカ国民同様に反対している。また面白いことにアラブ系アメリカ人の多くがイラク戦争支持派であるのに対しユダヤ系は反対を表明している。

正統派ユダヤ人の衣装
ユダヤ人のアメリカ社会への融合は彼らの経済的、政治的、社会的な成功を生み出すことになったばかりでなく文化的影響も及ぼした。同時にアメリカ社会への政治的、宗教的融合を懸念する声も上がっており敬虔なユダヤ教徒やシオニストたちの一部はアメリカに完全融合するユダヤ人をみて反逆分子だと躍起する姿も見受けられる。
全てのユダヤ人がインターマリッジ(他宗教の者との結婚)に反対しているわけではないがユダヤ人コミュニティに属する多くの者が増え続けるインターマリッジによってユダヤのアイデンティティが薄れたり、強いてはコミュニティそのものの規模が縮小することを懸念している。インターマリッジの比率は1950年の6%から2000年には40から50%と急激な増加を見せており、インターマリッジをした夫婦の約33%しかその子供をユダヤ教徒(もしくはユダヤ人のアイデンティティを持つ人間)に育てていない。この社会的流れとユダヤ人コミュニティの出生率の低下と相まって1990年代よりユダヤ系アメリカ人の人口は5%減少しており、全アメリカ人の平均年齢と比べるとユダヤ人コミュニティの平均は若干高い(年を取っている者が多い)。インターマリッジ夫婦でその子供をユダヤ人として育てている場合の多くはユダヤ人が密集する地域に生活している。例えばボストンにおいてはインターマリッジ夫婦の子供の約60%がユダヤ人として育てられており、数学上は50%を超えているのでユダヤ人は増加する計算になる。またインターマリッジの両親に育てられた子供が成人し、結婚する時に再びユダヤ人のヘリテージを強化させる場合もある。

教育 [編集]

ユダヤ人学校はアメリカ全土に存在はしているがほとんどの人は一般の公立学校に通っており、ユダヤ学やヘブライ語の教育はシナゴーグにて日曜学校として開かれている。1950年代までは入学選抜システムのヌメルス・クラウズスによって一流大学へのユダヤ人の入学者数は規制されていた。また1945年以前の一流大学ではユダヤ人の教授や講師は僅かしか認められていなかった。1941年には反ユダヤ主義の影響で後にノーベル経済学賞も受賞した経済学者のミルトン・フリードマンがウィスコンシン大学マディソン校から助教授の職が剥奪されたこともあった。1943年、ハリー・レヴィンがユダヤ人として始めてハーヴァード大学英語学部の教授に正式に就任。だが48年には同大学経済学部はポール・サミュエルソンを採用しなかった。同大学は1954年にユダヤ人で最初の生化学者を採用した。現在の同大学の学生でユダヤ人は3番目に大きな民族グループである。
現在では過去のような差別を受けることも無くアイヴィー・リーグを中心にユダヤ人たちは高いレベルの教育を享受している。1986年、ハーヴァード大学学部生の名門クラブのリーダーの3人はユダヤ人学生で、ポール・サミュエルソンの甥のローレンス・サマーズは2001年から06年まで同大学の学長を務めた。1993年には経済学者のリック・レヴィンがイエール大学の学長に就任し現在に至る。1994年から2004年までは女性心理学者のジュディス・ロディンがペンシルベニア大学で、その後はロックフェラー大学で学長を務めた。

2008年大統領選挙の勢力図。一つの四角は一つの選挙人投票を指す。青がバラク・オバマ、赤がマケイン。
ユダヤ系アメリカ人は現在の政界においても重要な地位を占める。しかしジェフリー・ヘルメリッヒ曰くユダヤ人の政治的影響力は選挙投票の傾向により実際よりも誇張される傾向にあるという。外交アナリストのミッチェル・バードはユダヤ人は宗教的思考に基づき投票を行っているという主張をしており、ユダヤ人は他の民族に比べ投票に行く比率が多いという。全ユダヤ系の人口比は2%にも満たないが、その94%が大統領選挙などに大きな影響力を持つエレクトラル・カレッジと呼ばれる州に住んでいる。彼らの大半は民主党支持であるが、ヘルメリッヒは彼らを共和党の対イスラエル政策いかんによって特殊な変動を見せる選挙人であるとも述べている。これに対しメリーランド大学のエリック・ウスラナー博士は論文にて反論しており、それによるとたった15%程度のユダヤ人のみしか対イスラエル政策を選挙の主要因としておらず、83%は本件について特に気をかけていない。また論文は福音主義系のクリスチャンに対する否定的な見解こそがユダヤ系の共和党に対する政的価値観に多大なる影響を及ぼしているとし、伝統的に社会問題に対し保守的な意見を持つ保守派層はむしろ共和党支持者が多いとしている。ニューヨークタイムズの記事によればユダヤ票が共和党に流れる場合は信仰や信念を基とした政策が重要だと論じ、これが2004年大統領選挙で共和党所属のブッシュ候補がユダヤ人の多いフロリダ州を勝ち取った原因になったのではないかとしている。
政治批評によればユダヤ系はイラク戦争を誘導した責任の一端があるとしているが多くのユダヤ系は同戦争に対し他の民族や一般のアメリカ人と比較しても強い否定の立場をとっている場合が多い。彼らのイラク戦争に対する反対は彼らの強力な民主党支持ということだけには留まらず、支持政党や政治観に関わらず信念的に否定的立場を取っている者が多い。また2003年から2004年の時点では大半のアメリカ人がイラク攻撃を支持しており、後に徐々に懐疑的になっていった傾向にあるがユダヤ系は2003年の開戦直後より既に否定的で彼らがアメリカの大衆世論の波に乗って否定派に周った訳ではないということを示している。
2008年の大統領選挙では78%のユダヤ系が民主党候補の(現大統領の)バラク・オバマを、21%が共和党候補のジョン・マケインを支持した。この時共和党はオバマのバックグラウンドにイスラム教やパレスチナがあることを武器にユダヤ票の獲得を目論んだが結果失敗に終わった。またマケインの副大統領候補であるサラ・ペイリンの保守的な社会政策がユダヤ票を遠ざけたという意見もある。ちなみにオバマのチーフストラデジスト(政治コンサルタント)のデイヴィッド・アクセルロッドと右腕のラーム・エマニュエルはユダヤ人である。
ユダヤ人はゲイの人権に対し非常に寛容で、特に再建派、保守派、改革派などは正統派に比べゲイ同士の結婚にも協力的である。アメリカの再建派の中では同性結婚は普通に行われており、15のユダヤ系LGBT団体がアメリカには存在する。2007年には保守派が多数の者がラビにおいてもゲイの結婚を認めるているという声明を発表。そのような風潮のため78%のユダヤ系は「結婚は男女の間でのみに正式成立する」としたカリフォルニア州の『ポジション8法』などを拒否しており、これは他の民族・宗教グループの見解と比較しても非常に高い比率である。
ユダヤ系は現在のアメリカのマリファナ規制にも否定的見解を持っており、86%が非暴力的なマリファナの使用による逮捕はおかしいとしている。これは同様の意見を持つ他のアメリカ人の比率61%、民主党支持者の比率68%と比較しても極端に多い。また85%がマリファナの医療目的での使用の規制に反対しており、これも同様の意見を持つアメリカ人の比率67%、民主党支持者の比率73%と比較しても高い。
ユダヤ系アメリカ人の文化 [編集]

1980年から1924年までに東欧より移民したおよそ200万人にも上るユダヤ人の世俗的文化はアメリカ文化へ融合し、現在ではアメリカ文化の一部を成す存在になった。

アメリカのユダヤ系文学 [編集]
ユダヤ系の芸術領域における活躍は目を見張るものがあるが彼らの文学作品は特にユダヤ文化を色濃く反映しており、悲劇の歴史を乗り越えアメリカの地で経験した苦労やユダヤ文化の危機などを元に展開される作品が多い。

関連項目 [編集]

ユダヤ人
ユダヤ教
イスラエル
ホロコースト
反ユダヤ主義
シオニズム
ヘブライ語
中東戦争
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