Interview

IN-PROCESS BY HALL OHARA 2/4

“マルジェラが大好きです。時にはデザインをしないことがデザインなのです”

―日本に帰ろうと思ったのはなぜですか

O-マーケティングもあるし工場を中国とか香港で使いだすというのもきっかけになって、あとはパリとか色々やってきて一度離れてみようかなっていうのがありました。

―それは元々ターゲットを日本人(アジア人)に絞っていたということですか

O-ターゲットをそこに絞るというよりは私達のスタイルがアジアのマーケットに一番合うのかなと考えました。ファッションはアジアの方が良いと思いますし私達のスタイルも合うと思います。新しいクリエイティブな人達を受け入れる土壌という点からもアジアの方が優れている点だと思います。

―今のIn Processの洋服を見るとアジアのマーケットに合うのかなというのは想像できるんですが以前ロンドンでやっていた時も同じような感じだったのですか

O-そういうわけではないんですがヨーロッパってまずビジネスの授業がないじゃないですか。ターゲティングというのも考えないし、ただ自分達がやりたいものを作っているという感じでまずは始めたので。

―日本に帰国してから本当にブランドとしてのこれからというものを考えたということですね

O-そうですね。自己満足だけで終わってしまったら駄目だなと思ったので。

―ブランドの顧客像について教えてください

H-彼女(大原さん)です。私の理想的な顧客像です。

―大原さんは自分のブランドの服をいつも着ているのですか

O-いつも着ていますね。(着たいものかどうか)それだけじゃないけどやっぱり作るデザインに置いては自分が着たいかどうかというのは一つの観点にはなっていますね。地方のお店のバイヤーさんがブランド自体のファンでいてくれるということもあるのでそういう人達の顔も思い浮かべていますね。でも(顧客の層は)広いですよ。20代から30代の後半くらいまでいますので。

―メンズラインはどうでしょう

H-今少しずつ広げているところです。元々は自分が着たい物として作っていたものですが少しずつそれだけでは無くなっています。最初は物凄く個人的な物でした、自分のワードローブを作るようなもので。でも今はよりクリエイティブになりカッティングやパターンに特徴のあるブランドになっています。Womenswearは顧客のことを考えてやっていますがメンズでは自分達が本当にやりたい物、作りたい物を作っています。先日Macaronicで予約会をやったのですがそれはとても興味深い物でした。メンズも好評でしたし。

―Doodlingの位置づけはどうですか

O-セカンドラインですね。ヤングというわけではなくてもっとシンプルで着やすい物、デイリーウェアとして着られるもので値段も全て1万円台で抑えています。
H-私達が持っているブランドの中でDoodlingは一番売りやすい物だと思います。色んな人に合うように出来ているし着やすい物になっています。若い人から、少し上の世代まで幅広い世代に合うようになっています。

―3ブランドのテーマはリンクしているんですか

O-リンクしてないですね。Doodlingはシーズン毎のテーマはないので。

―日本に戻ってからクリエイションは変わりましたか

H-セントマの時は自由にやりたいことをやっていればよかったんです。でも今は違いますよね。
O-色使いも抑えたりしていますしシルエットもそうだしそこまでクレージーにしても着難いので。
H-セントマーチンの時は常に「オリジナリティを追求しろ」と言われていました。でも私達は会社としての機能をはっきりともたせたいのです。Moschinoは理想的な例です。スタイルを持ちながらも凄くシンプルです。シンプルを追求しながらもクリエイティブなことをしている、それは凄く難しいことです。広告を見ると超現実主義です、でもエレガントでシンプルでイタリアブランドの要素が詰まっている、でもミシェルオバマにも好まれている。とても良いブランドです。私達のブランドもそのようなものになればいいなと思います。

―Moschinoから強い影響を受けているんですか

H-Moschinoは勿論だけど他にもたくさんのブランドから影響を受けています。私が初めてファッションに興味を持ったきっかけはMoschinoです。若い頃はMoschinoの他にVersace, Armani, D&Gなどのイタリアブランドが全盛の時でした。でも私はインテリジェントなMoschinoがなかでも好きでした。例えるなら私達の世代のエルサ・シュパレリ(Elsa Schiaparelli1930年代Coco Chanelと並んで活躍したデザイナー)です。
それにマルジェラが大好きです。時にはデザインをしないことがデザインなのです。(フセイン)チャラヤンとギャルソンも大好きです。パターンカッティングが美しいブランドが好きです。もしコムデギャルソンでパターンカッターの仕事のオファーがあればやっていましたね。私達は彼女がどのように会社を運営しているのかのドキュメンタリーを見ましたがとても素晴らしかったです。日本はギャルソンがあってとてもラッキーです。イングランドにそのようなデザイナーはいません。

―でもイングランドにはMcQueenなどがいますよね

H-McQueenは素晴らしいデザイナーですが全く違います。ギャルソンはブランドを始めた当初から今に至るまでハイレベルのクリエイションを保ち続けています。このようなデザイナーは他にはいません。多分それに近いレベルなのはMartin Margielaだけです。

―Martin MargeilaはComme des Garconsに影響を受け、日本人デザイナーはMartin Margielaに影響を受けている、面白い話ですよね

H-Margielaが90年代オーバーサイズの土方スタイルを出した時は素晴らしかったです。それと同時期にJohn Gallianoは歌舞伎スタイルを披露しました。どちらも見た目の素晴らしさよりその知的さに驚かされました。

―大原さんが強い影響を受けたデザイナーは誰ですか

O-私もElsa Schiaparelliは好きだしCoco Chanelの時のChanelも好きだしMoschinoは日本にいる時は別に好きなブランドじゃなかったんですよ。でも色々ロンドンで見ていくうちに好きになって。

―それはSteveの影響もあるんですか

O-それもありますね。(Moschinoは)日本ではそんなにユーモアのあるデザイナーとは見られて無いんです。でもコレクションを見ると面白いところがいっぱいあって・・・
H-私達のブランドは華やかなものというよりは空気感を大事にしています。Stella McCartneyやDior Hommeのように。空気感を作り出すことはとても難しくビジョンをもってデザインしなければなりません。

―セントマに行こうと思ったのはなぜですか

O-それまではデザインは全然学んでいません。私高校までは医学部目指していたんですよ。
H-私は考古学者を目指していました。インディジョーンズのように。
O-でももともとファッションは好きで高校の時も家庭科クラブみたいのを自分で作ってやっていたんですけど一応医学部の推薦まで受けて駄目だったので自分のやりたいことをやろうと思ってファッションにしました。絵を描くのが昔から好きで、あと自分の洋服も作っていたので。(セントマを選んだのは)1つはまず日本を出てみようと思ったのと、もう一つは英語圏であること。といったらイギリスだったんです。(セントマは)高校卒業してVantanに少しだけいっていたんですけどそこで色々調べている時に初めて知りました。

―考古学者になりたかったのにファッションを学んだのはなぜですか

H-なりたかったんですけど一度も勉強をしたことはないんです。14歳の時には少しずつパターンなどファッションを学んでいたので。だからただそれの延長で16歳の時にはカレッジに入りファッションを勉強していました。それから22歳までファッションをずっと勉強していました。私達は全てのパターンを自分達でやっています。それを楽しんでいます。シーズンで50個はパターンを描いているので年間100以上書いています。パターンはとても簡単です。描きそれを貼り付けるだけです。

―海外で学び日本では先生もやられていますがレベルの違いは感じますか

O-全然違いますね。日本は生徒のモチベーションが低いしやっぱりちゃんとした試験が無いんですよね。向こうは大学なのでインタビューして絶対にデザイナーになりたいという子が来るけど、日本、特にビジネスの子たちはなんとなくやりたいから来ているという感じがします。
H-私が思うに日本の教育は厳しすぎるのだと思います。なにもかも先生が止めてしまうので。
O-デザインの授業は他の先生達の話を聞くと生徒達を抑えているようです。これをやっては駄目とか。
H-学生は自分達の表現をし自分達のスタイルを見つけなければなりません。

続く

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