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MASATO ASHIDA

蘆田 暢人

建築家
1975年 京都生まれ
京都大学大学院工学研究科建築学専攻修士課程修了
内藤廣建築設計事務所を経て独立

蘆田暢人建築設計事務所 代表
ENERGY MEET 共同主宰

e-mail: mstashd@gmail.com
twitter: @masatoashida

感性としての力学-山本耀司『MY DEAR BOMB』

ぼくは作り手が自分の手がけた「物」について書く文章をあまり読みません。
言葉と物は決して一致することはないので、その二つを無理矢理結びつけようとすることに違和感を持っているからです。

でも、作り手が普段考えていることや、迷い、悩み、問題意識などを語る言葉には興味があります。
その言語化された思考から生み出される物がどのようなものであるか、それを見ることで刺激を受けることがよくあります。

山本耀司さんの『MY DEAR BOMB』を読みました。
ファッションデザイナーが作品を一切載せない、1冊のまとまった書籍を出すというのは珍しいのではないでしょうか。

前半は、山本耀司というデザイナーの破天荒な半生を綴ったワイルドなテキストで、彼にとっての人生論ともいえる内容。

振り返ってみると、ぼくが自分が着る服を意識するようになった80年代後半、母親がことあるごとに「Y’s、Y’s」と口走っていました。そんな母親が中学生のぼくに買い与えたTシャツには、「Comme des Garçons」と書いてありました・・・。その時はよくわからなかったのですが、そのうちに、あれだけ言っていたY’sは何だったんだと疑問に思うようになりました。ともあれ、その当時は一般の人の意識の上でもファッションデザイナーといえば、耀司さんと川久保玲さんだったんでしょうね。

そんな思い出にも浸りながら読み進めると、後半は創作論ともいえるデザインのポリシーや姿勢、問題意識へと話が移ります。

その中で語られる、彼のクリエイションの根幹とは、下の引用に凝縮して述べられているような、「人間の身体に支えられる布地の様態」に対する執拗な想像力に由来するものなのではないかと思います。


自分の方法、それは布地と人間の身体が教えてくれる。
デザイン画が服を作るのではない。わたしはいつも言う、「いいか、布地が教えてくれるから」。布地が、いったいどういう具合に垂れたがるのか、揺れたがるのか、落ちたがるのか。

あたりまえのことかもしれませんが、衣服は人間の身体に支えられることで初めて成立します。そして、その支えられる身体は個体によって異なります。
ファッションデザインとは、支えられるものがその時々によって異なるという偶然性に依存するものと言えるのです。

ぼくは、この世界で物をデザインすることは全て力学に左右されると思っています。
立体であればその対象は概ねにして重力でしょう。
形態は力の集積として顕れます。その見えない「力」というものを捉え、記述しようとする方法のことを力学と言えるのではないかと思います。

そして、どのような分野であれ、新しい力学が見いだせたときに、新しいものが生まれると思います。逆に言えば、そこに新しい力学がないのであれば、例え一瞬目新しい物に見えたとしても、それはうわべだけで、真に新しいデザインは生まれないといっても過言ではない気がしています。

ファッションデザインの場合は、衣服が重力に抗って自立しないため、支えられる身体をどのように捉え、設定し、それにどのような素材をどのような形で当てるかということが焦点になります。
そこで生まれる素材の様態、布の襞やゆらめきを捉えようとする視座こそが、耀司さんが向き合う力学なのです。極めて感性的な。

建築やプロダクトは、エンジニアリングとして力学を構築する分野です。

ファッションデザインは、そういった側面から言えば、全く異なるものでしょう。
ファッションデザインは、感性として力学を構築するのです。

力学はとてもシンプルです。
シンプルであるが故に、それに対する視点と解法は無限にあるはずです。

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